最高裁判所第三小法廷 昭和37年(オ)938号 判決 1963年10月15日
主文
原判決中土地境界確認請求に関する部分を破棄し、同部分につき本件を東京高等裁所に差し戻す。
本件その余の上告を棄却する。
前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人別府祐六の上告理由一乃至四について。
上告人が被上告人主張の有刺鉄線を張つて占有している本件四四八坪の土地は被上告人所有の本件九九七番の二山林(後に九九六番の一宅地となる。以下同じ)の一部であり、右土地の明渡を受けるまで被上告人は賃料相当の一箇月金二五〇〇円の損害を蒙るものとした原審認定は、挙示の証拠に照らして首肯し得られる。右認定に関する範囲では、所論は畢竟原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものに帰し、原判決に所論の違法は認められない。従つて所論のうち被上告人の施設物収去土地明渡の反訴請求に関する部分は採用し得ず、その上告は棄却すべきである。
次に所論一乃至三のうち上告人の土地境界確認の本訴請求に関する部分につき検討する。原判決は、甲第三号証、乙第二号証により、公図上では本件九九八番の八畑及び本件外九九八番の二の土地と本件九九七番の二山林との境界線は直線をなしているとの前提に立ち、これとほぼ合致することを根拠に、原判決添付第二図面の(リ)(チ)の直線を水路まで延長した線を本件九九八番の八畑と本件九九七番の二山林の境界線と認定しているが、右公図たる乙第二号証(或いは甲第三号証)によると、原判決添付各図面記載の道路の南東側では、先ず本件九九七番の二山林と本件外九九八番の二畑(或いは九九八番の七畑)が接し、続いて上記両地の境界線(直線)を延長した線を境に本件九九七番の二山林と本件九九八番の八畑が接しているものと認められ、このことは本件記録上殆んど疑がないのである。右によれば、第二図面の(リ)(チ)の線を水路まで延長した線全部が本件九九七番の二山林と本件九九八番の八畑の境界であるのではなく、両地の境界は右線の一部であるということになる。しかるに原判決では、右線のうちどの部分が本件両地の境界であるか不明である(一端すなわち南東端が前記延長線の水路に交わる点であるとしていることは判るが、他の一端すなわち北西端は判明しない)。されば、原判決が第二図面(リ)(チ)の直線を水路まで延長した線を本件両地の境界線と認定しているのについては、理由不備の違法があるものというべく、この点に関し、所論は結局理由があり、原判決中土地境界確認請求に関する部分は破棄すべきである。
なお、原判決中の右部分につき職権をもつて調査するに、原判決は本件両地の境界につき第一審判決と判断を異にし、自ら証拠により第二図面(リ)(チ)の直線を水路まで延長した線を境界と認定しながら、その認定は第一審判決よりも被上告人に有利な認定であるから、被上告人が不服を申立てていない以上、第一審判決を変更しないとし、よつて上告人の控訴を棄却しているが、右判断には次のような違法があるものと認める。
境界確定訴訟にあつては、裁判所は当事者の主張に覊束されることなく、自らその正当と認めるところに従つて境界線を定むべきものであつて、すなわち、客観的な境界を知り得た場合にはこれにより、客観的な境界を知り得ない場合には常識に訴え最も妥当な線を見出してこれを境界と定むべく、かくして定められた境界が当事者の主張以上に実際上有利であるか不利であるかは問うべきではないのであり、当事者の主張しない境界線を確定しても民訴一八六条の規定に違反するものではないのである(大審院大正一二年六月二日民事連合部判決、民集二巻三四五頁、同院昭和一一年三月一〇日判決、民集一五巻六九五頁参照)。されば、第一審判決が一定の線を境界と定めたのに対し、これに不服のある当事者が控訴の申立をした場合においても、控訴裁判所が第一審判決の定めた境界線を正当でないと認めたときは、第一審判決を変更して、自己の正当とする線を境界と定むべきものであり、その結果が控訴人にとり実際上不利であり、附帯控訴をしない被控訴人に有利であつても問うところではなく、この場合には、いわゆる不利益変更禁止の原則の適用はないものと解するのが相当である。以上によれば、前記のように、原審が第一審判決と判断を異にし自ら本件両地の境界を認定しながらも、被上告人が不服を申立てていないから、第一審判決を被上告人に有利に変更しないとしているのは正当でなく、原判決中の前記部分は、この点においても破棄を免れない。
よつて、民訴四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐)